March 30,1983 Courtesy MCA RECORDS
オリヴィア・ニュートン=ジョンの出演作品は、『ザナドゥ』(1980)しか観たことはない。『ザナドゥ』は、なぜか『フラッシュダンス』(1983)と併映で──昔は基本的には映画は2本立てだったのだよ──、僕が初めて女の子と一緒に観に行った映画です。最初の上映が『フラッシュダンス』で、これは当時サントラ盤も含めかなり話題にあがっていたし、映画そのものもなかなか良くできているので、けっこういいムードで観ていられた。2本目が『ザナドゥ』で、これはちょっと詰まらなかった。音楽好きな人なら楽しんで見ていられるのかもしれないけれど、僕は基本的にはミュージカルはダメ──どうして突然歌ったり踊ったりするのだ! 間抜けではないか!!──なので、観ているのが少々辛かった。たぶん彼女も退屈していたのだと思う。映画館を出たあとに喫茶店に誘ったのだが、「用事があるから」と言ってさっさと帰ってしまった。まったくやれやれだ。
だいたいオリヴィア・ニュートン=ジョンは歌手としての方が有名で、僕も高校生くらいの時は彼女のアルバムをテープに入れて繰り返し聴いていた。1980年代初めであったろうか、「フィジカル」という曲が日本でも大ヒット──この曲は30代くらいの人ならば知っていることでしょう──し、社会現象を生み出すまでに至った。すなわちフィットネス・クラブやエアロビクス教室など、健康ブームの到来である。その後、『グリース』(1978)以来、5年ぶりに『セカンド・チャンス』(1983)でジョン・トラボルタと共演するが、僕は結局「セカンド・チャンス」という曲の入ったオリヴィア・ニュートン=ジョンのアルバムは購入したが、映画じたいは観ていない。
つまり、僕は彼女のことを映画女優というよりはむしろ歌手として認識しているわけで、ファン・レターを書いたのも、前述した「フィジカル」がヒットした頃だったと思う。当時僕が好んで聴いていたのが、シーナ・イーストンとオリヴィア・ニュートン=ジョンで、高校の学校祭前のアンケートで、「学校祭に呼びたい芸能人を書いて下さい」というのがあったので、僕は一片の逡巡もなくシーナ・イーストンとオリヴィア・ニュートン=ジョンと書いた(笑)。結局学校祭に来たのは地方ラジオ局のパーソナリティだか大した売れてもいないシンガー・ソング・ライターだか竹内均だかだった。「くっそ〜生徒会めー、俺様の意見を無視しやがってー」とは思ったものの、よくよく考えれば呼べるわけないですよね、そんな人たちを(というかよくよく考えなくてもそんなことすぐに分かるけど)。
あと、当時よく聴いていたのがネーナ。「そんなの知らネーナ」なんて言わないで下さい(う〜〜〜寒い!!)。一時期日本でもかなり売れてましたよ。「恋のロック・バルーン」という曲が大ヒットして……、僕も3枚目か4枚目のアルバムは買ったような気がします。たぶん今は実家で埃をかぶっていると思うけど。ドイツ語のロックというのが新鮮でした。余談ですが、そのネーナが出演した映画が1本だけあって、それは『恋のロックバルーン』(1984)なのだけれど、どうやら彼女のファン以外なら噴飯ものの出来らしいですね。
いずれにせよ、歌手と俳優という二足わらじが履けるほど、映画の世界は甘くはないようです。