採点は、☆を20点、★を5点とし、100点満点で評価する。採点の基準は、
| ☆☆☆☆以上 | …… | 絶対オススメ!! |
| ☆☆☆★★★ | …… | 観ても損はなし! |
| ☆☆☆★★ | …… | 観てもいい。 |
| ☆☆☆★ | …… | 観てもいいと思うが、人によっては楽しめないかも。 |
| ☆☆☆ | …… | 平凡な出来映え。可もなく不可もない。観るかどうかはあなた次第。 |
| ☆☆★★★ | …… | 水準を下回る。お気に入りのスターが出ていなければ見ても楽しめない。 |
| ☆☆★★以下 | …… | お金と時間が有り余っている人だけどうぞ。 |
としてみた。映画館に行く時、あるいはヴィデオを見る際などの参考になれば幸いです。
| ファイト・クラブ(米/1999年/139分) ☆☆★★★ ドラマ/アクション 【映画館】 |
| 監督は『セブン』『ゲーム』などのデイヴィッド・フィンチャー。出演はブラッド・ピット、エドワート・ノートン、ヘレナ・ボナム・カーターなど。 ジャック(=エドワード・ノートン)は不眠症に悩むヤング・エグゼクティヴで、ある時飛行機でタイラー(=ブラッド・ピット)と知り合う。この2人が“ファイト・クラブ”という殴り合いの場を設け、次第に会員は増えてゆく。するとタイラーはさらに過激な行動を起こし……。 これ以上のストーリーはこれから観る予定がある人のためにあえて言わないが、ブラッド・ピットではなくむしろエドワード・ノートンが主役のこの映画は、はっきり言って詰まらなかった。それはひとえに登場人物の思想のあまりの下らなさ・レヴェルの低さによる。監督かそれとも脚本家の思弁なのかは知らないが、暴力と破壊によって精神が開放されるなどと本気で思い込んでいるのだろうか? だとしたら大間違いだ。暴力や破壊などで精神が開放されることなどない(もちろん大多数のまっとうな人間なら、ということだが)。それらは精神の歪みあるいは変質を招くだけである。ストーリーは真実味がなく――僕はじっさい不眠症気味なので経験的に知っているが、4日も寝ていないのにまともに口をきくことなどできやしない――、あちこちで御都合主義が顔を出し、ラストでもほとんど何の解決にもなっていないので後味が悪い。「自分たちさえ良ければそれでいいのか!!」とツッコミを入れたくなる。ゆいいつ特筆すべきは、ヘレナ・ボナム・カーターとエドワード・ノートンの演技力だけ、ということになろう。 ブラッド・ピットは自分のキャリアを真剣に考えるのなら、もう少し出演作を慎重に選んだ方がいいと思う。デイヴィッド・フィンチャーには、今後もう一切期待しないことにした。巷では「キューブリックの後継者」とも呼ばれているという噂だが、僕に言わせればそんなキャッチ・コピーは片腹痛いというものだ。キューブリックの足許にも及ばないし、比べることじたい失礼であろう。 1週間350円でレンタルするヴィデオならともかく、わざわざ映画館に観に行く価値があるかどうか甚だ疑問である。ブラッド・ピットの熱狂的なファンなら話は別かもしれないけれど。もちろん、僕の眼力が足りなかった、換言すれば、自業自得だと言えなくもないのだが。それにしても残念だった。1600円も出して前売券を買ったことを今でも深く後悔している。 [1999年12月] |
| ファミリー・ゲーム 双子の天使(米/1998年/127分) ☆☆☆★ コメディ/ドラマ 【ヴィデオ】 |
| ちょっと長いが、けっこう楽しめた。監督はこれがデヴュー作となるナンシー・マイヤーズ。『花嫁のパパ』の脚本家である。出演はデニス・クウェード(『愛に迷った時』)、新人のリンゼイ・ローハン、ナターシャ・リチャードソン(『ネル』)、エレーン・ヘンドリックス(『ロミーとミッシェルの場合』)、サイモン・クンツなど。 アメリカはカリフォルニア州。11歳のハリー(=リンゼイ・ローハン)は、父のニック(=デニス・クウェード)、乳母のチェシーと一緒に住んでいる。一方、イギリスのロンドン。11歳のアニー(=リンゼイ・ローハンの2役)は、母のエリザベス(=ナターシャ・リチャードソン)、執事のマーティン(=サイモン・クンツ)と一緒に住んでいた。アメリカのメーン州のサマー・キャンプでハリーとアニーが偶然出会い、自分たちは双子の姉妹で、生後まもなく両親が離婚したせいで離れ離れになってしまったのだと知る。2人は一計を案じ、入れ替わりを実行するのだが……。 双子の姉妹が別れた両親を再びくっつけようと奮闘するところが何とも微笑ましい。双子に扮したリンゼイ・ローハンがとても可愛らしいのが大きなプラスとなった。ストーリーは他愛ないが、なにしろディズニー映画でしかも女流監督のようなので、ムードよろしい演出でカヴァーされている。また、僕の10年来のファンであるナターシャ・リチャードソンが出演しているのも嬉しかった。エレーン・ヘンドリックスが扮する悪女がややステレオタイプ的ではあるが、作品にメリハリをつける意味では必要不可欠なキャラクターではある。ただ、惜しむらくは間延びした演出のせいで2時間を超える長尺になってしまったこと。脚本家や小説家が初めてメガホンを取るとほぼ間違いなくこうなってしまうので、仕方がないといえば仕方がないのだが……。原作や脚本にあまりにも忠実に映画化しようとするためであろう。しかし、個人的な感想をいえば、点数以上に楽しませてもらったのは間違いない。 [2000年4月] |
| ファントム(米/1998年/95分) ☆☆☆ ホラー/サスペンス 【映画館】 |
| 文字どおり「B級ホラー」でした。原作は人気ホラー作家、ディーン・クーンツの小説。監督はジョー・チャペル。出演はローズ・マッゴーワン(『スクリーム』)、ジョアンナ・ゴーイング(『ブラック・メール/脅迫』)、ベン・アフレック(『アルマゲドン』)、リーヴ・シュライバー、ピーター・オトゥール(『ラスト・エンペラー』)など。 アメリカ、コロラド州のスノーフィールドの町。女医のジェニー(=ジョアンナ・ゴーイング)と妹のリサ(=ローズ・マッゴーワン)が町に帰ってくると、辺りは静まり返っており、住民の変死体があちこちで見つかった。恐怖におびえる2人の許に、隣町から保安官のブライス(=ベン・アフレック)らが救援にやってくるのだが……。 ストーリーにとくに新味はないが、技術面に関してはそれほど悪くない。作品の冒頭で、ジェニーとリサを撮影するその方法は、あたかも不気味な怪物から2人を見た主観ショットのようであり、上から、あるいは下からと交互に視点を移動するカメラ・ワークは、2人が得体の知れない物に監視されているような効果を出している。その後もカメラ・ワークについてはまずまずの出来で、時にスロー・モーション、時にカット・ズーム(対象物を同じ位置から小アップ、中アップ、大アップという3つのカットでとらえ、それらを短い時間でパッパッパッと連結させる手法)などを使用し、映像にそれなりの緊張感を与えている。 問題は演出面にあり、冒頭からサスペンスで最後まで引っ張るのはいいのだが、途中に緩急がないので観ているこちらが疲れてしまうのだ。もう少し具体的に説明すると、この作品のストーリーはサスペンスにサスペンスを重ねるという「累加の手法」により成立している。しかしながら、この「累加の手法」を使用する場合は、途中で適宜相反するものを挟んで(ちなみにこれを「衝突の技法」と呼ぶ)やらなければ話が単調になってしまうのだ。この映画の欠点はまさしくそこにあり、たとえばこの場合、途中途中で適当にユーモラスな会話などサスペンスを緩和する要素を介さねばならないのに、そういう要素がほとんど完全に欠如しているので、ストーリー・テリングが平板になってしまっているのだ。「緊張」→「弛緩」→「緊張」→「弛緩」といったリズムが欲しかったところである。 たとえばあのタランティーノの傑作『パルプ・フィクション』を思い出して欲しい。開巻から終幕までヴァイオレンスの連続だが、適宜ユーモラスな会話が挿入され、作品に心地好い「緊張」→「弛緩」のリズムといったものをもたらしていたことを想起するとよい。もしあの作品にユーモアの要素が欠けていたならば、一篇はたちまちオリヴァー・ストーンの『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のごときテンポのない作品になっていたであろう(蛇足ですが、ここでは悪例として挙げたが、僕は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』はそれなりに評価しているので誤解のなきよう)。 なお、僕はこの映画を、ジョアンナ・ゴーイングを見るためだけに観に行ったようなものだから、彼女の出番が多かったという意味では満足している(^^)。なにしろ映画館の大スクリーンで彼女を見るのは初めてなもので、嬉しかった。まあ、他の俳優も含め、演技的にはそれほど見所は無かったけど(^^ゞ。はっきり言ってしまえばヴィデオで充分でしょう(笑)。でも、大スクリーンと音響設備を考えると、ヴィデオより劇場で観るべきかもしれない。いささか逆説的ではあるけれど。 [2000年6月] |
| フィオナが恋していた頃(米/1998年/121分) ☆☆☆★★★ ドラマ/悲恋 【映画館】 |
| いや〜泣かされました。予想以上にいい映画です。監督・脚本はポール・クイン、出演はアイダン・クイン(『ミュージック・オブ・ハート』)、ジェームズ・カーン(『ミザリー』)、モイヤ・ファレリー、ジョン・キューザック(『マルコヴィッチの穴』)、スティーヴン・レイ(『スティル・クレイジー』)など。 しがない高校教師をしているキアレン(=ジェームズ・カーン)は、病の床に伏している母フィオナのいる実家に戻ってくる。父を知らないキアレンは、偶然古い写真を見つけた。そこには、若くて美しい母が青年と一緒に写っていた。キアレンは、自分の出生の秘密を知るために、母が暮らしていたアイルランドを訪れる旅に出るのだが・・・。 これは久し振りの正統派悲恋物語である。物語の核となるのはアイルランドの小さな村で起こった悲劇ということなのだが、古い因習にとらわれた人々のあまりにも保守的な考え方と、カトリックの厳しい宗教観が悲劇の要因となるあたりは、大変興味深い。結婚を許されない若者の物語の常として、結末は容易に予想可能ではあるが、そのことがいささかも作品の完成度を引き下げていないのは、やはり俳優たちの好演によるものであろう。凡庸な歴史教師に扮したジェームズ・カーンは程好く枯れた感じを出し、パイロット役のジョン・キューザックも出番は少ないが飄々とした演技が面白い。若い頃のフィオナを演じた新人のモイヤ・ファレリーも悪くはないが、圧巻なのはアイダン・クイン。彼の抑制された演技が絶妙で、宗教と恋との間で苦悩する男の姿を十全に表現し秀逸である。 現在のキアレンが生きる1997年のアメリカと、母が若かった1939年のアイルランドの2つの場面から作品が構成されているが、その交錯のさせ方が非常に巧みで、自然なところがまず評価できる。回想を用いる作品の構成法としてお手本のような出来映えである。また、音楽も心安らぐようであったし、アイルランドの風景も美しく、いい気分にさせられた。それにしても、アイルランドが舞台の作品には、いつも心地好い気分にさせられるのは不思議だ。 映画館で観てもよい作品です。悲恋物語の好きな人なら必見!! * 「シネマ見聞録」はこちら(ただしネタバレあり)。 [2000年12月] |
| フィオナの海(米/1994年/103分) ☆☆☆★★ ファンタジー 【ヴィデオ】 |
| 母を亡くし、アイルランドの祖父母の家にやってきた少女フィオナ――演じるのはジェニー・コートニー。美少女です(^^)――は、アザラシの妖精(セルキー)の伝説を聞かされ、幼くして海にさらわれた弟が今もアザラシと生きていると信じ込む。そして伝説の孤島へ弟を捜しに行くのだが……。監督・脚本はジョン・セイルズ。 ストーリーはケルトの妖精の民間伝承をモチーフにしているらしいのだけれど、映画を見終わった後でよくよく考えてみると「こんなことありえないよ」ということになる。しかしながら、弟の生存を信じるジェニ・コートニーの一途さと随所に散りばめられているアイルランド音楽のせいで、気持ち良く見ていられる。とくに音楽に関しては特筆すべきものがあり、この独特の旋律は聴いているだけで心が癒されるような気にさせられる。やはり映画と音楽とは切っても切れない関係にあるのだなあ、などと考えさせられた。 あまりに暴力的な映画や展開のスピィーディーな映画やSFXてんこもりの映画なんかに慣れてしまうと、たまにはじっくりとした味わいのある作品を見たくなりませんか? この映画はそういう時にオススメです。 [1999年11月] |
| フィフス・エレメント(米/1997年/126分) ☆☆☆★★ SF/アクション 【ヴィデオ】 |
| 監督はリュック・ベッソン。出演はブルース・ウィルスやゲイリー・オールドマン、クリス・タッカーなど。 ミラ・ジョヴォヴィッチにファン・レターを書くためにヴィデオを見直したのだが、やはり何も考えずに見て楽しめる快作である。この「何も考えずに見て」というところが娯楽作品にはそれこそ不可欠な要素で――もちろん、少なくても僕にとっては、ということだが――、人物関係やらストーリーの伏線やらを考えながら見るのはどうも苦手である。その点、この作品はリュック・ベッソンが15だか16の時に思いついていたものを映画化したらしいから、ストーリーは単純明快、それこそただ目で画面を追っているだけでいいので、非常に楽である。もちろん、時にはいろいろ考えながら深い映画を見るのも悪くはないし、こういう種類の映画ばかり見ていたら脳が軟化してしまうことは必至だけど。 [1999年11月] |
| WHO AM I ?(香港/1998年/120分) ☆☆☆ アクション/コメディ 【ヴィデオ】 |
| ジャッキー・チェンが全米大ヒット作『ラッシュアワー』の前に作ったというアクション映画。ちょっと長いがけっこう楽しめる。彼は監督・脚本・主演・武術指導・主題歌と1人5役の獅子奮迅ぶり(監督はベニー・チャンと共同で担当)。他の出演者は山本未来、ミシェール・フェレ、ロン・スメルチャック、エド・ネルソンなど。 南アフリカの砂漠でとてつもない爆発力を持った隕石が発見される。某国の特殊部隊が隕石を運ぶトラックを襲撃、問題の隕石と科学者3人を拉致することに成功する。が、特殊部隊の1人であったジャッキー・チェンは、その後瀕死の重傷を負って倒れているところをアフリカの原住民に発見、保護される。意識を取り戻した彼は、過去の一切の記憶を失っていた。いったい彼に何が起こったのか……。 前半部に余計な水増しシーンが多いため、結果的に2時間もの長尺になっているのは感心できないが、ライオンに追われて木の上に逃げたりなど笑える箇所もあるし、アクションもカー・チェイスや高層ビルの壁面を滑り落ちるシーンなど、色々と手を尽くしている点は賞賛したい。僕がジャッキー・チェンの過去の作品の中で満足させられ、完成度も高いと思われるのは『プロジェクトA』(1983)や『ポリス・ストーリー 香港国際警察』(1985)などであるが、今作品はそれらには及ばないものの、彼の映画作りに対する情熱がひしひしと伝わってくる出来映えとなっている。『シュリ』のように敵を実際存在する国に設定していないのも好感が持てるし、なによりアクション・シーンをCGやワイヤーなしで撮影している点が素晴らしい。いつになっても手作り感のある映画を生み出すジャッキーの熱意には頭が下がります、ホント。 [2000年3月] |
| フェアリーテイル(英/1997年/98分) ☆☆☆★★ ドラマ/ファンタジー 【ヴィデオ】 |
| 今世紀初めにイギリスで妖精が写真に撮られたという「コティングリー事件」に基づいたファンタジー。監督はチャールズ・スターリッジ、出演はエリザベス・アール、フロレンス・ハース、ピーター・オトゥール、ハーヴェイ・カイテルなど。 第一次大戦中に父が戦争で行方不明になったため、8歳の少女フランシス(=エリザベス・アール)は、アフリカからイギリスに住んでいる12歳の従姉妹エルシー(=フロレンス・ハース)の家に身を寄せることとなる。ある日2人は家の近くの小川で妖精たちと出会い、その姿を写真に収めることに成功するのだが……。 実話を元にしたファンタジー映画といえば、僕などは同じくイギリスで1985年に製作された秀作『ドリームチャイルド』を想起したりもするのだが、こちらもなかなか良くできた佳作である。希代の奇術師フーディーニ(=ハーヴェイ・カイテル)や、作家のコナン・ドイル(=ピーター・オトゥール)が出てくるのも嬉しいが、イギリスの田園風景の描写がまず美しく、妖精は純粋な心を持った子供にしか見えないという設定や、その存在を知った大人たちが周りで騒ぎ立て、小川に押し寄せるあたりも風刺がきいている。2人の子供は――とくにエリザベス・アールのあの無邪気な瞳!! 僕は『ミツバチのささやき』(1973)のアナ・トレントを思い出した――とても可愛らしく、自然な演技で心に残る。ラストも爽やか。 一見の価値がある作品である。ファンタジーものが好きな人ならば必見!! [2000年3月] |
| フェリシアの旅(英=カナダ/1999年/116分) ☆☆☆☆★ ドラマ/スリラー 【映画館】 |
| 『スウィート ヒアアフター』のアトム・エゴヤン監督作品ということで、期待して観に行ったのだが、かなりの完成度で期待は裏切られなかったと言っていいだろう。それにしても、初日初回の上映だというのに、観客が僕も含めて8人というのは解せない。このような良い映画にたくさん人が入ってほしいものですがね。出演はボブ・ホスキンス(『モナリザ』)、エレーン・キャシディなど。 十七歳の少女、フェリシア(=エレーン・キャシディ)は、連絡先を告げずに去った恋人を追って、アイルランドからバーミンガムにやってきた。ところが、なかなか彼を見つけられず途方に暮れていたフェリシアに、中年男ヒルディッチ(=ボブ・ホスキンス)が声をかける。いかにも親切そうなヒルディッチだが、実は恐ろしい裏の顔を持っていた……。 時制がいったりきたりしながら物語を先に進めるといったアトム・エゴヤン独特の手法は、前作『スウィート ヒアアフター』と同じだが、今回はそこに「類似」による場面転換を絡めており、しかもその転換にヴィデオ・テープの映像を使うなどして映画内世界に一種のズレをもたらし、しかもそのズレはヒルディッチの人格のズレと呼応しているというのだから、技法としてはこの上なく高度である。このように、〈叙述〉と〈虚構〉を連動させた例、すなわち、技法上のズレと物語内容のズレとをこれほどまでに深く相関せしめて使用した映画を、僕はいまだかつて観た憶えがない。文学作品としては、漱石がしばしば小説の中で使用していたことは知っているのだが……。それにしても驚嘆した。おそらくこのような高度な技法を使用できる映像作家は、現在の映画作家の中ではアトム・エゴヤンだけであろう。そのような卓越した技法を用いながら少しずつ新しい情報が与えられていくストーリー・テリングも秀逸。ボブ・ホスキンスがトラウマを持った変質的中年男を堅実な演技で好演、エレーン・キャシディはそれほど美しくはないが、繊細な演技はまずますの出来。原作はウィリアム・トレヴァーの小説だが、彼は「原作の素晴らしい映画化で、小説家はこれ以上何も望めない」と語っている。 最初の30分はやや退屈かも知れぬし、アトム・エゴヤンの映像文法に慣れるまでやや戸惑うが、技術的には最近の映画の中では傑出している。観るべき価値はあると僕は思うが……。 [2000年4月] ※後日付記(その1) DVDが発売されたので購入して見直してみたが、やはり技法に関しては上の叙述どおりで間違いはなさそうだ。これは、〈技術〉と〈物語内容〉を非常に深く連関させて奏効を生み出している稀な例であるから、のちほど「徒然草・批評篇」で取り上げて細かく検討してみたいと思う。なお、DVDタイトルは『フェリシア』に変更されていた。 [2000年9月] ※『徒然草・批評篇』はこちら(ただしネタバレあり)。 ※後日付記(その2) 名画座で上映されていたので、また観てきた。やはり映画館で集中して観ると、家でボケっと見ているのとは違って、いろんな事に気付くものである。大きな特徴については『徒然草・批評篇』に書いたが、それ以外にも、ヴィデオ・カメラの映像の挿入と巧みなカット割りで一篇を重層的な構成にしていることや、リタ・ヘイワース主演映画『情炎の女サロメ』(1953)の映像を犯罪場面に効果的に挿入しているなど、作品の構成の仕方は最高級のレヴェルにあるといって差し支えあるまい。技術的には、アトム・エゴヤンのレヴェルに達している映画監督は、今のところおそらく皆無であろう。 [2000年12月] |
| フォーエバー・フィーバー(シンガポール/1998年/95分) ☆☆☆★★ ドラマ/コメディ 【映画館】 |
| いや〜楽しませてもらいましたよ(^^)。監督・製作・脚本はグレン・ゴーイ、出演はエイドリアン・パン、メダリン・タン、アナベル・フランシスなど。 1977年のシンガポール。ブルース・リーとバイクに憧れるスーパーの店員ホック(=エイドリアン・パン)は、ある日友人らに誘われて観た『フォーエバー・フィーバー』なるダンス映画にシビれ、幼馴染の女友達メイ(=メダリン・タン)とダンス教室に通い始め、ダンス・コンテストに出場することにするのだが……。 こいつは非常に愉快な映画である。話は御都合主義的で、ストーリーのみならず作りも音楽も衣装も何もかもが胡散臭く、安っぽいのだが、そこが逆に作品の雰囲気にピッタリ合っており、大きな魅力となっているという不思議な作品だ。ブルース・リーに憧れている青年ホックが『サタデーナイト・フィーバー』を観てトラヴォルタの虜となるのも微笑ましいが、彼の家族はもっと可笑しい。ハーレクイン・ロマンス(?)の読み過ぎで、家族に自分のことを「フランチェスカ」だの呼ばせる妹や、いつもピントのずれたことを言うオバアチャンなど、そのユニークなキャラクターには苦笑させられる。また、「ステイン・アライブ」をはじめとする’70年代のディスコ・ミュージックによるBGMは、すべてニセ物(シンガポール・カヴァー)であり、ニセ物といえば、映画のスクリーンから飛び出してきてホックにアドヴァイスをしてくれるジョン・トラヴォルタもニセ物。しかも全然似ていないところが大爆笑モノ。 技術的にはカメラ・ワークに感心させられる部分が幾つかあったが、とくに優れているというわけでもない。とにかくキャラクターとストーリーで楽しませてくれる快作。笑ったなあ、もう(^^)。 ※『徒然草・批評篇』はこちら(ただしネタバレあり)。 [2000年9月] |
| 普通じゃない(米/1997年/103分) ☆☆☆ ロマンス/コメディ 【ヴィデオ】 |
| 期待していたほどではなかったが、そこそこ楽しめた。監督は『シャロウ・グレイブ』や『トレインスポッティング』のダニー・ボイル、出演はユアン・マクレガー(『スター・ウォーズ/エピソード1』)、キャメロン・ディアズ(『メリーに首ったけ』)、ホリー・ハンター(『クラッシュ』)、デルロイ・リンドー、イアン・ホルム(『スウィート ヒアアフター』)など。 ビルの清掃員だったユアン・マクレガーが仕事を首になり、社長のイアン・ホルムのところに押しかけると、成り行きで社長の娘キャメロン・ディアズを誘拐してしまう。逃避行の中2人は次第に心惹かれていき……。 とまあよくある凡庸なストーリーで、ナンセンスかつ御都合主義的なところも目立つが、作品全体がコメディ調なのでまあ微笑ましく見ていられる。主役の2人はフレッシュな魅力で好演。ただしキス・シーンで糸を引くのはいただけない(笑)。イアン・ホルムは相変わらず手堅い演技をしているが、演技者として魅力的なのはホリー・ハンター。僕は『赤ちゃん泥棒』(1987)以来のファンであり、彼女は『ピアノ・レッスン』(1993)でアカデミー主演女優賞を獲得しているように、シリアスもこなせる女優である。この作品ではどちらかといえばコミカルなキャラクターだったが、役にピッタリだった。ダニー・ボイル監督作品なのでもう少し面白いかと思ったのだが、やや食い足りないという印象を受けた。やはりストーリーに意外性が足りないからだろう。 [2000年3月] |
| フリントストーン2 ビバ・ロック・ベガス(米/2000年/91分) ☆☆★★ コメディ 【映画館】 |
| ひさしぶりにトホホ映画を観てしまいました(^^ゞ。監督は前作と同じブライアン・レヴァント、出演はマーク・アディ(『フル・モンティ』)、スティーヴン・ボールドウィン(『ユージュアル・サスペクツ』)、クリスティン・ジョンストン(『オースティン・パワーズ:デラックス』)、ジェーン・クラコウスキー(TV『アリー・my
ラブ』)など。 石器時代を舞台にした、コメディ映画。 この作品については、僕は何も言いたくありません(^^)。368人収容の映画館に観客が僕を含めて2人しかいなかったという事実を述べておけば充分でしょう。馬鹿馬鹿しいギャグが満載です。ストーリーは稚拙です。お金を払ってまで映画館に観に行く必要はないでしょう。TVで放送された時、暇なら見てみたら意外と楽しめるかもしれません。そんな作品です。 [2000年8月] |
| フローレス(米/1999年/111分) ☆☆☆★ ドラマ/コメディ? 【映画館】 |
| 予想以上に楽しめました(^^)。監督・脚本はジョエル・シューマカー(『評決のとき』)、出演はロバート・デ・ニーロ(『RONIN』)、フリップ・シーモア・ホフマン(『ハピネス』)など。 もと警官のウォルト(=ロバート・デ・ニーロ)の住むアパートには、ドラッグ・クイーンのラスティ(=フリップ・シーモア・ホフマン)が住んでおり、彼らは犬猿の仲だった。ある日、同じアパート内の騒ぎに拳銃を持って駆けつけたウォルトは、脳卒中を起こして倒れてしまう。右半身が麻痺し、言葉も不自由になったウォルトは、医者からリハビリとして歌のレッスンを勧められ、嫌々ながらもラスティを訪ねるのだが……。 『レナードの朝』に続いて、今作品でもデ・ニーロのハンディキャップトの演技はスゴイ!! 体の動き、言葉の発声のし方、どれをとっても実にリアル。こと演技に関しては、現役の俳優の中では彼がベストではなかろうか? そして陰鬱になりがちなストーリーを、笑いで包んでくれるのがフィリップ・シーモア・ホフマンのゲイぶり。いや〜この人は『ハピネス』の「いたずら電話オナニー男」のときもそうだったけど、ホントに「まともじゃない人間」を演じると生き生きしますね(笑)。デ・ニーロもよかったけど、P・S・Hも素晴らしい演技でしたよ。会話もいかにもゲイらしいウィットに富んでいて、とてもよかったです。 仲の悪い2人が次第に打ち解けていく姿を描くのは定石的であるが、この作品ではそこにマフィアのボスの金を奪ったのは誰かというサスペンスも混ざり合っているので、興味を持って観ていられた。派手な見せ場はないし、いささか盛り上がりに欠けるという弱点もあるが、前述したように主演2人の対照的な演技と、ユーモア溢れる会話でじゅうぶんに楽しめる一篇となっている。とくに映画から引用したセリフ――たとえば、ラスティがギャングに追われてアパートの非常階段から逃げる場面で「グレース・ケリーの『裏窓』みたい」とつぶやくように――は、数箇所あるが、かなり笑わされた(^^)。僕じしんはもとネタを知らないものもあったが、もし全部知っていればすごく楽しめただろう。 技術的には、ウォルトが脳卒中を起こし、倒れてから病院に運ばれるまでのカットでは、撮影方法と編集を工夫していたようだった。それ以外にはとくに言及する点はない。 予備知識と過度の期待を持たずに観に行けば、けっこう満足できるのではないかと思う。 [2000年10月] |
| ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(独=米=仏=キューバ/1999年/105分)☆☆☆ドキュメンタリー【映画館】 |
| キューバ音楽に興味のある人なら、この作品を至福として堪能できるだろう。監督はヴィム・ヴェンダース(『パリ、テキサス』)、出演はライ・クーダー、イブライム・フェレール、ルベーン・ゴンザレス、エリアデス・オチョア、オマーラ・ボルトゥオンド、コンパイ・セグンド他。 ギタリストのライ・クーダーが、敬愛するキューバの老ミュージシャンたちと作り上げたアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は、1997年にグラミー賞を受賞した。このドキュメンタリー映画では、ミュージシャンたちへのインタヴューとコンサートでの演奏シーンを交えながら作品を構成している。そういうわけで演出が平板となっているのが映画としての難点だが、音楽の質の高さはおおいに認める。音楽が好きな人はもっと採点が高くなるだろうし、興味がない人にとっては退屈な作品であろう。 ところで『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』というアルバム名は、映画会社のブエナ・ビスタと何か関係があるのだろうか??? [2000年3月] |
| ブギーナイツ(米/1997年/155分) ☆☆★★ ドラマ 【ヴィデオ】 |
| 監督はポール・トーマス・アンダーソン。出演はマーク・ウォルバーグ、バート・レイノルズ、ジュリアン・ムーア、ヘザー・グラハムなど。 高校をドロップ・アウトした少年がナイト・クラブで働いていたところをポルノ映画監督にスカウトされ、自慢のムスコでいったんはスターダムにのし上がるのだが……という栄光と挫折のお話。 演出にテンポが感じられないため、ただでさえ長い作品がもっと長く感じられる。ストーリーは平凡かつ他愛のないお話で、悲しみを誘う場面もあるが題材が題材なので見ていてあまり気持ちが良くない。出演者の演技も注目すべきものはなく、なぜバート・レイノルズとジュリアン・ムーアがアカデミー賞にノミネートされたのか全く理解できない。彼らがノミネートされるならば、たとえば『母の眠り』のレニー・ゼルウィガーは3回くらい受賞していなければならないはず。なお、この作品は脚本賞でもノミネートされているが、それに関しても甚だ疑問。ありきたりのお話で人生の機微も感じられないからだ。唯一見て良かったと思ったのは、ポルノ女優に扮したヘザー・グラハム。彼女はどちらかというと清純派というイメージを持っていたのだが、こういう役もこなせるんですね。 [2000年2月] |
| ブラック・メール/脅迫(米/1996年/114分) ☆☆☆ サスペンス/犯罪 【ヴィデオ】 |
| 顔ぶれは豪華である。僕の大好きなジョアンナ・ゴーイング、デボラ・カーラ・アンガーの2大女優に加え、エリック・ストルツやジェームズ・スペイダーも出ている。冒頭に少しだけキャメロン・ディアズも出ています。 ただし、作品じたいの出来は顔ぶれほど良くはない。プロットをこねくり回しすぎているという感じがする。だが、先に挙げた2大女優の性的魅力を十分に堪能できるので、採点は良くなっている(笑)。それにしても、ジョアンナ・ゴーイングのストリップ・シーンだけでもヴィデオを借りて見るだけの価値はある、と個人的には思う。ジェームズ・スペイダーの不潔感あふれるチンピラ役もミス・キャストで愉快。彼はやはり『ぼくの美しい人だから』でのように気の優しいヤッピーといった役柄の方が合っているような気がする。 [1999年11月] |
| ブルー・ストリーク(米/1999年/94分) ☆☆☆★ コメディ/アクション 【映画館】 |
| たいした期待はしないで観に行ったのだが、予想以上に楽しめた。監督はレス・メイフィールド(『34丁目の奇跡』)、主演はマーティン・ローレンス(『バッドボーイズ』)。共演はルーク・ウィルソン(『スクリーム2』)、ウィリアム・フォーサイス(『ザ・ロック』)など。 宝石泥棒のマイルズ(=マーティン・ローレンス)は、“ブルー・ストリーク”と呼ばれるダイアモンドの奪取に成功するが、仲間の裏切りにあって逮捕されるハメに。しかし、彼は逮捕直前に“ブルー・ストリーク”を建設中のビルの通風ダクトに隠していた。2年後、出所したマイルズは宝石を取りに行くのだが、なんとそこは警察署になっていた。彼は警官になりすまし署内に入り込もうとするのだが……。 主演のマーティン・ローレンスは、同じタイプの黒人俳優と比べてみると、エディー・マーフィーほど口が達者ではないし、ウィル・スミスほどカッコ良くもないが、小さなギャグの積み重ねとシチュエイションの楽しさで笑いながら見ていられる。ラストも定石的でいかにもアメリカ映画的な甘さがあるが、まあ笑って許せる程度のものだ。94分という短さも良かった。これ以上長かったら各シークエンスが冗漫になっていただろう。強くオススメできるほどの出来ではないが、単純に映画を楽しんで見たい人(娯楽作が好きな人)には向いていると思う。 [2000年1月] |
| ブレア・ウィッチ・プロジェクト(米/1999年/81分) ☆☆★★ ホラー 【映画館】 |
| インターネットを宣伝に利用し、アメリカでは大当たりしたという低予算ホラー映画。監督・脚本はダニエル・マイリックとエドゥアルド・サンチェスの2人。出演はヘザー・ドナヒュー、ジョシュア・レナード、マイケル・ウィリアムズなど。 1994年、映画学校の生徒であるヘザー、ジョシュア、マイケルの3人は、ブレア・ウィッチという魔女伝説に関するドキュメンタリー映画を製作しようと、メリーランド州の森に出かける。しかし、彼らは森に入ったまま行方不明になってしまい、1年後、彼らが撮影した録画テープが発見される。そのテープに映っていたものは……。 架空の魔女伝説を捏造し、それをドキュメンタリー映画に仕上げたというアイディアは認めてもいい。カメラのブレや、音飛びにも、「これはドキュメンタリーなのだ」と言われれば納得せざるを得ない。しかしながら、監督の1人、エドゥアルド・サンチェスが言っているように、「僕らにとっていちばん怖いホラー映画は、恐怖の対象をスクリーンで見せないものだ」という点に関しては、その主張の正当性は認める――それについてはヒッチコックの『サイコ』のシャワー・ルームでの殺人シーンを想起すればよい――ものの、それが果たしてこの作品で成功しているかどうかは疑問である。じっさい、僕はラスト近くまでほとんど恐怖を感じ得ず、途中で眠気を催したくらいである。ドキュメンタリー仕立てであるが故に、逆に演出が平板で、効果音も無く、ただ単に登場人物が住民にインタヴューしたり、地図を無くしただの道はどっちだだの早く帰ろうだのとヒステリックに言い合っているのを延延と見せられているのは退屈以外の何物でもない。 ラストのアンチ・クライマックスの手法にも首を傾げざるを得ない。もちろん、映画では全てを語る必然性はないわけだし、そのことは充分承知しているつもりだけれど、終わった後に「何だこれは!!」と観ている者を怒らせるようでは製作者の負けである。僕だけでなく、一緒に観ていた友人も「何だかわけわかんなかったねー。期待はずれって感じ」と言っていた。僕も全く同感である。 [2000年1月] |
| ブレイド(米/1998年/120分) ☆☆☆ ヴァンパイア/アクション 【ヴィデオ】 |
| ヴァンパイアものというよりはむしろアクション映画といった趣を呈している。監督はスティーヴン・ノリントン、出演はウェズリー・スナイプス、スティーヴン・ドーフ、クリス・クリストファーソン、ウンブッシュ・ライトなど。 ヴァンパイアと人間の混血であるブレイド(=ウェズリー・スナイプス)と、世界を支配しようとする純血のヴァンパイアのリーダー、フロスト(=スティーヴン・ドーフ)率いるヴァンパイヤ軍団との闘いの物語。冒頭のクラブでのアクション・シーンを初めとして、ウェズリー・スナイプスの身のこなしには感心するべきものがあり、銃だの刀だのでやられる雑魚のヴァンパイアがまるで「北斗の拳」のひでぶ状態になって爆発するのも見ていて痛快。弾丸をよけるスティーヴン・ドーフの動きには、『マトリックス』を髣髴させるものがある。 ウェズリー・スナイプスは、やはり『ワン・ナイト・スタンド』のようなロマンスものの主人公よりも、こういったアクション映画の方が似合っているように思われる。しかもできれば『デモリションマン』のような悪役ならなお良い(笑)。 まあ気楽に楽しめる作品。 [2000年1月] |
| ブレードランナー/最終版(米/1992年/116分) ☆☆☆★★ SF/ハードボイルド 【DVD】 |
| この映画は、高校生の頃映画館で観たことがある。ハリソン・フォードが出ているということだけで観に行ったのだが、なかなか興味深いものがあった。監督はリドリー・スコット、共演はルトガー・ハウアー、僕のお気に入りのショーン・ヤング、あとダリル・ハンナも出演している。 時は2019年。植民地星から地球に侵入したレプリカント(=人間型アンドロイド)を抹殺するために、デッカード(=ハリソン・フォード)が奔走するというストーリー。劇場公開時は大して話題にもならなかったのに、ヴィデオが発売されてからあれよあれよという間に人気が出始め、終にはカルト映画となってしまったという面白い作品。「強力わかもと」などちょっと奇妙な日本の電燈広告掲示板などもあるが、リドリー・スコットはまさに完璧な未来都市を構築しており、その映像美はヴィデオよりもDVDで見た方が絶対に堪能できる。 劇場公開ヴァージョンと大きく違うのはラスト・シーンだが、劇場公開版の「シャイニング」から流用した映像とハリソン・フォードのとってつけたようなナレーションよりも、この最終版のラストの方がよりハードボイルド・タッチで僕は好きだ。途中、ハリソン・フォードの夢の中にユニコーンを現出させ、それを伏線としてユニコーンの折り紙を拾い上げるラストへと繋いでいき、彼じしんもレプリカントなのではないか、という含みを持たせているところがまたいい。 なお、ショーン・ヤングは途中まで鉄腕アトムのような訳の分からない髪形をしているが、髪を下ろしてからの彼女は言いようもなく美しい。これに比肩し得るのは『天使の涙』のミシェル・リーくらいなものであろう。 [1999年10月] |
| ブロークダウン・パレス(米/1999年/101分) ☆☆☆★ ドラマ/サスペンス 【ヴィデオ】 |
| それほど期待してはいなかったのだが、意外なほど楽しめた。監督はジョナサン・キャプラン(『バッド・ガールズ』)、出演はクレア・デーンズ(『ロミオ&ジュリエット』)、ケート・ベッキンセール(『シューティング・フィッシュ』)、ビル・プルマン(『あなたが寝てる間に…』)、ルー・ダイアモンド・フィリップス、ジャクリーン・キム、ダニエル・ラパインなど。 親友同士のアリス(=クレア・デーンズ)とダーリーン(=ケート・ベッキンセール)は、高校卒業のお祝いに2人でタイを旅行することにするのだが、現地で偶然知り合ったニック(=ダニエル・ラパイン)という青年に香港に行こうと誘われる。先に発った彼を追い、2人が空港に行くと、アリスのバックパックからヘロインが発見され、2人はその場で逮捕されてしまう……。 ロケ地はフィリピンのマニラだが、開巻は風俗や文化を捉えた描写で東南アジアの雰囲気が良く出ている。逮捕・投獄されてからは刑務所内の不潔さや理不尽な取り扱いが描かれ、同じような題材を扱った傑作『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)――もちろん、あそこまで強烈な描写はないが――を思い出させる。その後、2人を出獄させるため奔走するアメリカ人弁護士ハンク(=ビル・プルマン)の活躍と、彼と麻薬捜査局長官との駆け引きなどもあり、最後までサスペンスが持続しているので興味深く見ていられる。僕はインドに何度か行ったことがあるが、これと似たような話を聞いたことがあるので、そういう意味では身近に起こり得る説得力のある話であった。ただ、お涙頂戴のラストがあまりに甘く、★1つ減点となった。 ちなみに、「ブロークダウン・パレス(=壊れた城)」とは、タイで刑務所を意味する言葉とのこと。なお、撮影時にクレア・デーンズが、アメリカの映画雑誌に、マニラの不潔さ、おぞましさについて言及したところ、その記事を読んだフィリピン政府と大統領が激怒したというのは有名な話です。 [2000年3月] |
| プラクティカル・マジック(米/1998年/104分) ☆☆★★★ コメディ/ロマンス 【ヴィデオ】 |
| ニコール・キッドマンとサンドラ・ブロックという2大女優の共演ということで期待して見たのだが、最後まで見通すのがちょっと辛かった。他の出演者はダイアン・ウィースト、ストッカード・チャニングなど。監督は『グラン・ブルー』他たくさんの作品に俳優として出演しているグリフィン・ダン。 サリー(=サンドラ・ブロック)とジリアン(=ニコール・キッドマン)は、魔女の家系であるオーウェンズ家に生まれた仲の良い姉妹だ。しかし、過去のある1人の先祖の行いにより、オーウェンズ家の女性を愛した男性は早死にするという宿命があった……。 魔女ものといえば、僕は反射的にTVシリーズの『奥様は魔女』を思い出してしまう世代(^ ^)なのだが、この作品にはコメディの要素が欠けているし、かといってシリアスな悲哀物語というのでもない。どうにも中途半端な印象を受けるのだ。魔女たちが使う魔法もチャチなもので、奇想天外な面白みがない。サンドラ・ブロックも相変わらず大雑把な描写で演技力不足が目立つ。意外に良いのがニコール・キッドマンで、プロットがプロットだから演技者としての優秀さは垣間見ることができないが、時に少女のような幼い面立ちで非常に魅力的、というのは僕の個人的な嗜好であろうか? いずれにしても、監督のグリフィン・ダンは俳優の方が向いていると思うが……。 [2000年2月] |
| プランケット&マクレーン(英/1999年/100分) ☆☆☆★ ドラマ/コメディ 【映画館】 |
| 期待していなかったので予想以上に楽しめた(^^)。監督はリドリー・スコットの息子のジェイク・スコット、出演はロバート・カーライル(『ザ・ビーチ』)、ジョニー・リー・ミラー(『アフターグロウ』)、リヴ・タイラー(『クッキー・フォーチュン』)、アラン・カミング(『エマ』)、マイケル・ガンボン(『スリーピー・ホロウ』)、ケン・ストットなど。なお、ゲイリー・オールドマンが製作総指揮にあたっている。 1748年のロンドン。営んでいた薬屋が破産して泥棒稼業に手を染めたプランケット(=ロバート・カーライル)と、聖職者の息子で教育のあるマクレーン(=ジョニー・リー・ミラー)は偶然に牢獄で出会い、紳士協定を結ぶ。かくして2人は“紳士泥棒”として、次々と貴族を襲撃するのだが……。 18世紀のイギリスに実在した強盗を題材にオリジナルの味付けをしたという本作は、序盤から中盤までの展開がややもたつくものの、プランケットとマクレーンが“紳士泥棒”として暗躍するあたりからだんだん話が面白くなっていき、裁判長ギブソン卿の片腕チャンス(=ケン・ストット)とプランケットの間の確執や、ギブソン卿の姪のレベッカ(=リヴ・タイラー)とマクレーンの恋の行方などサスペンスの要素を散りばめながら、プランケットとマクレーンの運命や如何に? という最大のサスペンスをクライマックスに持ってきてストーリーを盛り上げる。時代ものゆえ仕方がないことかも知れぬが、場面が暗すぎるシーンがいくつかあったのは残念なことである。とくに開巻の一幕などは、画面がやたら暗いうえどうにもカメラ・ワークが悪く、何が何だかよく分からない。まあ、ジェイク・スコットが新人監督ということなのでそれもやむを得ぬことなのかもしれぬ。しかし、それを差し引いても作品の出来はまずまずといったところ。主演の3人はもとより、ケン・ストットの悪役ぶりはなかなかのもので大いに作品を盛り上げてくれた。やはり悪役の出来不出来がものをいいますね。ラストも心地好い。 [2000年7月] |
| プリティ・ブライド(米/1999年/115分) ☆☆★★★ コメディ/ロマンス 【DVD】 |
| 『プリティ・ウーマン』で組んだジュリア・ロバーツ、リチャード・ギア、ゲーリー・マーシャル監督が再び顔を合わせたということですが、けっこー退屈しました。他の出演者はヘクター・エリゾンド(『プリティ・ウーマン』)、ジョーン・キューザック(『隣人は静かに笑う』)、リタ・ウィルソン(『ジングル・オール・ザ・ウェイ』)など。 新聞コラムニストのアイク(=リチャード・ギア)は、田舎町で過去に3度も結婚式から逃げ出したマギー(=ジュリア・ロバーツ)を訪ねて、徹底的な取材を試みるのだが、そのうち2人は……。 開巻のマギーがウェディング・ドレス姿で馬を走らせているシーンを見た瞬間、あまりの馬鹿馬鹿しさに既に引いてしまった僕は、あるいはジュリア・ロバーツに偏見を持っているのかも知れぬが、どうも彼女のアンバランスな顔(失礼!!)はどうみてもロマンティック・コメディ向けじゃないし、これはメグ・ライアンの方が適役だろうなどと思ってしまい、『愛と青春の旅立ち』で精悍な軍服姿を見せたリチャード・ギアが運送屋のトラックに乗ったマギーを追いかけるシーンでは、ああ、彼ももうこんな白髪になってしまった、光陰矢のごとし、と、そこはかとなくあはれに思い、彼もロマコメ向きじゃないなあと痛感し、そもそもマギーが結婚式から逃げる理由が説明不足だし、だいいち4度も逃走できるなんておかしい、柳の下にドジョウが4匹もいるはずがないではないか、ひどく御都合主義的だなあ、などと考え、そうこうしているうちに映画は終わり、結局楽しむ暇がありませんでした。 なお、僕は日本語吹き替えで見たけれど、マギー役の吹き替えがどうも下手だなあ、と思っていたら、やっていたのは飯島直子でした(^^ゞ。こういうのは勘弁して欲しい。ちゃんと達者なプロの声優がやるべきですよ。まったく、もう。 [2000年5月] |
| プロポーズ(米/1999年/102分) ☆☆☆ コメディ/ロマンス 【DVD】 |
| ’80年代のB級コメディを思わせるほのぼのとした出来映えでした。監督はジェームズ・クロムウェル、出演はクリス・オドネル(『バットマン&ロビン』)、レニー・ゼルウィガー(『母の眠り』)、ハル・ホルブルック(『ザ・フォッグ』)、ジェームズ・クロムウェル(『グリーンマイル』)、メアリー・シェルトン(『25年目のキス』)など。他にチョイ役でブルック・シールズ、マライア・キャリーが顔を見せている。 束縛を恐れ、結婚を躊躇している独身男ジミー(=クリス・オドネル)は、恋人のアン(=レニー・ゼルウィガー)にプロポーズしてみても、本音が顔に出てしまうせいか、なかなか成功しない。そんな折り、彼の祖父が急死する。しかし、遺言によると、遺産の1億ドルを相続する条件は、ジミーが30歳の誕生日の午後6時までに結婚していること。残された時間は1日しかない。かくして彼の結婚大作戦が始まる……。 ストーリーには問題点がたくさんある。結婚からの逃避を暗喩するシーンの挿入方法があまりにも安易でチープな印象をあたえること。レニー・ゼルウィガーの心理描写が粗っぽく、彼女本来の演技力が活かされていないこと。クライマックスでの御都合主義、などなど。しかしながら、そのような欠点を認めながらも、僕じしんはけっこうこの映画を楽しめた。コメディ/ロマンスというジャンルの作品は、えてして上記のような欠点を内包している場合が多いが、もともと恋愛(あるいは結婚)なんて誤解の積み重ねによる喜劇なんだから、それを題材とした映画の欠点に目くじらを立てて怒る必要はないのである。この種の映画ではドリュー・バリモアの好演もあり、『ウェディング・シンガー』が最も良い出来映えだったが、そういう意味ではこの作品も完成度は低いもののまずまず楽しめる作品であった。なお、レニー・ゼルウィガーの妹ナタリー役のメアリー・シェルトンがとっても綺麗でした(^^)。 [2000年6月] |