June 14,1984
メグ・ティリーのことは、最初「スクリーン」の最新作紹介のページで見かけただけ──たしか『テックス』(1982)という、マット・ディロン主演の映画──のような気がする。「あっ、この子可愛いな」と思った瞬間、ファン・レターを送る決意をしたのだ。それも、まだ映画も観ていないのに、だ。
しかし、これはあまり褒められた方法ではない。映画の中で役を演じるのが仕事である俳優に、出演作も観ずにファン・レターを送ってポートレイトをもらおうなどと考えるのは本末転倒であり、愚の骨頂である。俳優の演技を評価し、励ましてこそ、そのお礼に返事がもらえるのではないだろうか? 最近ようやくそのことに気付き、深く反省している。個人的にはそういったことを2度と繰り返すつもりはない。
閑話休題。メグ・ティリーに話を戻そう。
結局彼女を映画館のスクリーンで見たのは、『サイコ2』(1983)が最初で最後だったと思う。映画の出来じたいは、もちろんヒッチコックの前作には及ばなかったものの、彼女を見ているだけでけっこう幸せな気分になれた。とくに美人というわけではないのだが、可愛らしくてチャーミングで性格も良さそうだった。自分にもこんな姉がいたらなあ、などとしょうもないことを思いながら映画を観ていたものだ。
それにしても、そんな映画の楽しみ方ができたなんて、昔は僕も若かったのだなあ、とつくづく思う。今ではとても無理だ。たとえどんな美男美女が出ていたとしても、映画じたいがつまらなかったら1800円を損したような気分になることだろう。僕はそのことを、『永遠に美しく』という作品から学んだ(コメディだったらしいのだが、笑う前に映画が終わってしまったのだ)。だから、最近はめったなことがなければ映画館に行かないことにしている。どうせ半年待てばヴィデオになるのだ。そう思って我慢している。
それでもあえて映画館に足を運び、それほど後悔しなかった作品が(ここ2〜3年で)2つだけある。1つは、『この森で、天使はバスを降りた』で、もう1つが『プライベート・ライアン』である。前者は評価が別れるかもしれないが──僕じしんラストはちょっと納得がいかない──誰にも話せない過去の傷を負うアリソン・エリオットの演技が秀逸だった。後者に関しては──言うまでもないだろう。改めてスピルバーグの偉大さを思い知った次第だ。
結局メグ・ティリーが大スターとなることはなかったけれど、それでもやっぱり僕は彼女のことが今でも大好きである。
今ふと思い出したのだけれど、僕はメグ・ティリーを『マスカレード/甘い罠』(1987)でも見ている。もちろん映画館で。ロブ・ロウやキム・キャトラル──『ゴースト・ハンターズ』(1986)や『マネキン』(1987)に出ていた、僕のお気に入りの女優──が共演者の、サスペンスものだ。映画じたいは可もなく不可もなく、といった感じだったが、やはりメグ・ティリーは可愛らしかった。富豪の娘、つまりお嬢様という役どころは、いまいち彼女にマッチしていなかった──彼女の容姿は庶民的というか、要するに地味なのだ──ように思われるけれど。